アドラー心理学の地図とも言われている『嫌われる勇気』。
その「嫌われる勇気」中にはアドラーの名言が多数登場するが、
どれも幸せに生きるための示唆に富んでいる。
自己肯定より自己受容
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アドラーの名言に次の言葉がある。
大切なのは何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである
by アドラー
麻雀やポーカーなんかでも、たまに聞く名言である。
例え与えられた配牌が悪かったとしても、それをどう使うかが重要だという意味で使われている。
人生で考えると、もっと大きな意味を持ってくる。
自分が変えられないものについて、嘆いたり求めたりしても、意味が無いのである。
あるいは、できない事をできると虚勢を張って生きても、仕方ないのである。
例え自分が、普通で弱くてできない自分であったとしても、それをそのまま受け入れるのである。
ありのままの自分に嘘をつき、
できないものをできるんだと自分に言い聞かせても、ダメなのだ。
ありのままの自分を受け入れて、そこからできることをする。
弱い自分も、できない自分も、受け入れた上で、
じゃあ今の自分にやれることは何かを考える。
これが、「自己受容」だ。
一方で、昨今流行りの自己肯定とは、自分を肯定することなので、
ありのままの自分を受け入れているわけでは無い。
幸せになるために、まずは、自己肯定より自己受容をしよう。
そのうえで、やれることをやれる範囲でやっていこう。
ちなみに、『やれることをやれる範囲でやっていく』は、私が敬愛する精神科医、樺沢紫苑先生の言葉である。
他者信頼とは、無条件で信頼を寄せることである。
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信用と信頼の違いは何か?
信用とは、条件付きで相手を信頼することであり、
信頼とは、無条件で相手を信頼することである。
この無条件で、というのがポイントである。
対人関係において、無条件で自分から信頼を寄せる。
このとき、相手が自分を信頼してくれなかったら騙されたり損するじゃないか、と思うかもしれない。
しかしここは課題の分離である。
相手が自分を信頼するかどうかは、相手の課題であって、自分が介入できる話では無い。
じゃあ自分にできることは何か。
無条件の信頼を相手に寄せる。ただそれだけである。
逆に、無条件の信頼を相手に寄せないとはどういうことか。
それは、相手との関係の前提に懐疑を置いている状態である。
そのような関係性を築いたとて、そこから得られる幸福が無いことは、想像に難くない。
他者貢献することで幸福を感じられる
仕事の基本は他者貢献である。
そして他者貢献することで、自分が他者の役にたっていると実感し、
自分が幸せを感じられるのである。
なので、他者貢献とは、自己犠牲ではない。
決して自分を犠牲にしているわけではない。
自分のために、他者貢献するのである。
嫌われる勇気
著者:岸見 一郎、古賀 史健
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